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木村拓也という人間。

NPB新人研修 木村拓コーチ講義内容
http://www.giants.jp/G/museum/2009/information/info_40309.html

読売ジャイアンツの一軍内野守備走塁コーチである木村拓也コーチが4月7日にお亡くなりになりました。
生まれつきのユーティリティプレイヤーではなく、生き残るために努力で『何でも屋』になった選手です。
成績は偉大な成績ではない、選手としても決して中心選手ではなく、けれどもこのような選手が居なければ野球は出来ないのも事実なのです。

僕は草野球だから遊びでスイッチヒッターなんてやってますが、もともと両打ちじゃなかった選手がプロの一軍で通用するまでになるには並々ならぬ努力を要したと思います。
もともと捕手だった選手が、外野を守り、二塁を守り、三塁を守り、遊撃をし、一塁を守り…野球はポジションごとに動きが全然違うからこそ、全てを守るのは安易なことではありません。
それでも木村拓也さんは、左側(三塁・遊撃・左翼)は苦手だったらしいですが。(身体の裁き方が違いますからね)

僕は、ラジオ番組制作の世界で今のところ生き残っています。
そこに至る経緯は被るものがあり、ゆえに「ユーティリティプレイヤー」に惹かれ・あこがれます。

僕ももともと、舞台の音響をしていたのが友達の縁あってラジオ収録スタジオの専属エンジニアとして足を踏み入れました。
専門学校で音響科を卒業しているとは言え、仕事でしていたのは音を出力する側でした。
それなのに中途採用ですし即戦力として契約したので、初回の収録から『仕事』をする必要がありました。

初仕事まで1週間。
そもそも初めてのスタジオですから、構造も判りません。
ですから、スタジオ設計図や配線図、機材の取扱説明書を全て出してもらって自分のスタジオである以上全部を把握するように努めました。
僕はもともと建築士の息子だったこともあり、設計図とか読むのには馴れていたのと、舞台でも出来るなら同じ事をしていたので、その経験が生きたものです。

無事に収録をこなし、スタジオエンジニアとしてのスタートを切ったのです。

しかし、無事なスタートもつかの間、まさかの会社解散。

そこからは、生きるために何でも挑戦しました。
とは言え野球ほど多くのポジションがあるわけでもないですけどね(^^;

でも、本業の録音エンジニアから始まりディレクター・構成、そしてイベントのPAや映像撮影時の照明その他いろいろ・・・それは過去の仕事履歴を見てください。

僕も苦手なものだらけですし、音響以外は一流とは言えるものでもないでしょう。
けれど、僕みたいな存在もまた、必要とされているから生きていけるのだと自負しています。

小さな頃に夢見た姿と違うからと苦悩する人がいるとしたら、是非この木村拓也さんの講義内容を目にして欲しい。

夢に向かって走るのはカッコいいかもしれないけれど、泥水を啜り這いずる様な生き方だって良いじゃないか。
人の居ない分野に草を掻き分けて道を切り開くのは凄いことだけど、手薄なところに生き場所を求めるのだって立派な生き方だ。

僕はそう思って、何でも挑戦して生きてきました。
これからもそう言う生き方を続けるつもりです。

その結果、一つでも多くの仕事が『形』になるなら、幸いです♪

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