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『棒読み』の正体

内容としては、つまるところ『芝居の基礎のさらに前段階』だと思います。
けど、それすら出来ていなかったり、気付いて無かったりするのかなって。

状況としては、脚本を手に演じる、なので朗読ですね。

『脚本を見て、そこから作品世界をイメージして、それを表現する』って行程で発声するはずなのですが、中間のイメージが大事なのではないかと思うのです。
このイメージがしっかりしてれば演じられる。
イメージが適当だと「文字を読んでるだけ」になる、と。

当然のことながら、朗読なのですから映像はありません。
でもその声を聞いてその世界が広がる…のが理想です。
いや、理想と言うかそうあるべきものです。

自分が特別ではないと思うのですが、その人が脚本を持って演じている時って、その人のイメージみたいなのが『見える感じ』がするんです。
複数人数がいたとしても、個別に。

なので僕は演出と言う仕事について、作者・ライターが書いた世界観を誰よりも理解して、役者がその世界に辿り着いていない場合はそこに案内するような仕事だと考えています。
結局は人それぞれ色々な体験や経験があった上での想像の世界を構築するわけで、場合によっては情報量が足りない場合もあります。
逆も然り、僕自身に経験や知識が無ければ作家の世界を想像しきれなくなるでしょう。
その時の知識とかのサポートもそう言う意味では演出家の仕事だと。

…あ、しまった、演出論にズレてしもた…いっけね!!

ちょっと話戻しまして、その『声を聞いて見えるイメージ』と言うのを基準に『芝居』と『棒読み(芝居になっていない)』を判断するならば、イメージの有無なんです。

専門学校生のナレーションを収録することもあって確信めいたものを手にしたのですが、イメージが全く伝わらない人、と言うか伝わるイメージが『文字』って言う人がいたのです。

朗読だったらその世界やキャラ。
朗読以外でも、ナレーションやCMだってそうです。
CMは一つのドラマですので、基本的には朗読と変わりません。

ナレーションは、情報を聞いてる人に伝えるイメージが無ければ伝わりません。
それがコンシェルジュとお客さんの対話なのか、演説なのか、チュートリアルなのか、はたまたプレゼンなのか。
そう言うイメージをせずに原稿を読めば、ただ文字を読んだだけのものになってしまう。

単純に結論をまとめるなら「イメージが無いから伝わるわけもない」

ツイッター上では『役を掴みきれないまま、台詞の意味を「なんとなく」「ぼんやり」認識して、「こういうシチュエーションならこんな感じ」で言葉を発する、いわゆるパターン芝居なの事でしょうか。』とリプが来ましたが…僕にとっては、シチュエーションに落とし込めていていて、それが合致していれば芝居にはなると思います。
ただ問題としては、他の役者も同じシチュエーションとして演じているかですね。
しっかりキャラなどを踏まえて周りが演じているのに、一人だけキャラでは無くシーンに当てるだけの芝居をすれば、そりゃ浮きます。悪目立ちします。

もしかしたら、ネット上とかでアニメでの芝居が棒演技だ、棒読みだと言われているのであれば、その正体はそこかもしれません。
掘り下げ不足、理解不足。

ちなみに『パターン芝居』と言う物が悪いわけではありません。
つまりは「ベタな王道芝居」とも言えますから。
そこにキャラを乗せれば良いだけです。

そもそも、色々な物はパターンの集合体ですから。
それを軸にアジャストしていくようなものです。
芝居に限らず音楽でもイラストでも小説でもそうじゃないですか?

そんなわけで、僕自身は芝居の勉強は受けていないので、こう言う話が養成機関でなされているのか知らんですけど、学生相手にした時に絶望的にゲンナリしたときに気付いた『棒読み』の正体の話でした。

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